劔山本宮劔神社

About Us鴨島八幡神社

ご挨拶
Greeting ご挨拶

ようこそ、鴨島八幡神社へ。

当神社は、室町時代末期の鴨島城主・鴨島六之進ゆかりの神社として、長きにわたりこの地とともに歩んでまいりました。

江戸時代、阿波藍の交易で栄えた鴨島の地において、交通安全や文武の守護神として崇敬を集め、今日まで地域の氏子・崇敬者の皆様に支えられ、大切に守り継がれてまいりました。

これからも、日々の感謝や願いごと、人生の節目など、折々にお参りいただける身近な神社でありたいと願っております。

お近くにお越しの際には、どうぞお気軽にお立ち寄りください。

皆様のご参拝を心よりお待ちしております。

由緒・沿革

時は室町幕府の末頃、鴨島六之進と申す鴨島城主がおられ、地域を束ねておりました。天正七年(一五七九)、脇城外の戦いで、細川勢として土佐の長曽我部軍との交戦で戦死しました。その武徳を偲んで神霊としてお祀りしたことが、当神社始源の由緒と申せます。

それから一二二年の時を経て、江戸時代の元禄十三年(一七〇〇)四月、棟札によれば社殿が建立されています。藍を商って誕生した富農・豪商等諸人によって、境内地と社殿が寄進されています。当時の江戸時代には、鴨島地域は阿波藍が産業として盛大となっていた頃で、この藍を藩の外へ船送・陸送する交易のために交通の安全が祈願されたと推測されます。また交易先の都市部の文化を見聞し、文芸・学問などの文化導入の機運が高まり、ご神徳の広大な文武の神が祭神として勧請されたと思われます。

以後、氏子地域の文化が進展する契機になったとしますと、二神の神々を祀ったことが中興の由緒と申せます。
さらに、明治の御代後半となって活躍した蚕糸を扱う豪商や製糸工場主などの人々によって、社殿建立から二二〇年後の大正九年(一九二〇)に、玉垣が寄進されて現在のたたずまいの原姿が整備されました。

当神社は、玉垣・石碑・奉納の額などに記されている多数の氏名から推察しますと、地域の氏子・崇敬者等諸人の多大な奉仕と献納によって造られ、整備されて成り立っています。広く諸人を守護する神社として今に至っています。

例祭は、十月二十五・二十六日の二日間でしたが、平成十三年からは十月の第四土曜日・日曜日の二日間に替わりました。屋台の運行は少しの期間中断していましたが、氏子の熱意によって復活・再興しています。

稲荷講・招魂祭などは中断しています。

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